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プルメリア日和

東京・目黒にある日本タイマッサージ協会、日本ルースィーダットン協会、癒しタイの情報の他、旅行記、現地からのタイ情報、スクール卒業生の感想や活動などをご紹介しています。

タイ旅行記 2002.11.

今回のタイ行きは、タイマッサージの講習生で、第2期卒業の川辺留美さん、第3期卒業生の中村富美恵さん、同じく第3期卒業生の増田園水さんも一緒である。
彼女たちが、ちょうど私たちが行こうと思っていた時期と同じ時期に、バンコク・ワットポーの、タイマッサージスクールへ行こうとしていたので、「じゃあ一緒に…」と言うことになった次第である。

川辺さんとは、行きのスカイライナーで合流し、他の二人とは成田空港で無事に合流。
バンコクでトランジットして、タイ・北部の町チェンマイへと向かった。

チェンマイでは、先生の15年来の友人でタクシードライバーのヴィシャーンが迎えに来てくれていた。彼は、風邪をひいたらしく、革ジャンを着ていた。タイ…と言っても、北部の方の乾期は、さすがに朝晩冷え込むので、厚着をしている人も多いのだが、革ジャンにはさすがにビックリした。ホテルにチェックインした後、日本タイマッサージ協会の名誉会長であるソンバット先生とお会いして、お食事に行った。チェンマイでは、ここ数日、異常な雨量であちこちの道路や建物が冠水していた。車で走っていると、お堀と道路の境界が解らなくなってしまった所や、池のようになった道路など、大雨の爪痕がそこかしこに見られた。
レストランは、タイダンスを見ながら食事が出来るようになっていた。途中、川辺さんと中村さんも、他のお客さん達と一緒にダンスにかり出されたりして、楽しく食事の時間を過ごした。このレストランでダンスをしている人たちのダンススクールを見学しに、明日の午前中行く予定である。
そしてその後、チェンマイで有名なナイトバザールに寄ってからホテルへ戻った。この日の夜は、0時近くからまた凄い勢いで雨が降り始めていた。

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タイ旅行記 2003.11. その9

11月22日(土)
朝7時にロビーで待ち合わせ、ホテル前の広場で、ルーシー・ダットンを行う。朝日を浴びながらルーシー・ダットンを行うととても気持ちがいい。欠伸が何回も出てきて、涙も溢れてくる。寝てる間に固まった筋肉が、伸ばされるたびに欠伸が出るのだ。欠伸が出ると、首の筋肉がゆるみ、眠気が覚め頭が冴えてくる。体操をしていると、外国人が近づいてきた。「あなたはここで教えているのか」と質問をされた。私は、明日東京に帰るのだが、「何を習いたいのか」と聞くと、「八卦掌や太極拳を習いたいのだ」と答えてくれた。チェンマイは、外国人の観光客が多いが、その中でも単に観光だけではなく、様々なカルチャーを学びに来ている人が多い。現に私もここでタイマッサージ、催眠カウンセリング法、タイ料理、リフレクソロジーなどを学んだのだ。特に東洋的なものに人気がある。朝食後、別行動をとることにする。私は、山に行き、いつもの滝に当たりたいと思った。車で滝への入り口に行くと、この先工事中で、車は入れないという。私には今日しか時間がないし。何とかならないかと交渉するが、無理らしい。粘って、どうしても車で入りたいことを告げると「歩いてならいっても良いという」。歩くには距離が遠く、上り坂の山道だ。再度粘ると、「途中までならバイクに乗せていってあげる」といわれた。これはありがたいと思い、工事をしているところまで乗せてもらいお礼をいう。そこから30分ほど歩いて滝に着いた。気合いを入れて、滝に当たる。いくらタイとはいえ最初の数分間はとても水が冷たく感じる。しかし、しばらくするとその寒さがなくなり、気持ちよさに変わる。その時からが大切な時間になる。呼吸をゆっくりとし、水の激しさを頭や肩で感じながら、同時に怖さも感じ、しかし精神ははっきりとしている。その瞬間がとてもいいのだ。その後、その上の見晴らしのいいところに登る。ここは、以前3日間山ごもりをしたところだ。2時までゆっくりと時間を過ごし、車のあるところまで歩いて下る。サンダルだったので、とても歩きづらかった。40分ほどで車にたどり着き、市内にもどる。そして、ホテルに戻り、ソンバット先生と待ち合わせをして、彼の別荘予定地に行く。車で途中舗装のない道を通り、30分ほどでその場所に着く。10数年前に、彼はその土地を購入したが、やっとそこに建物を建ててよい許可が出たそうである。既にマンゴやバナナなどの果物の苗木が植えてあった。その後、ロイクロマッサージスクールに行き、校長先生と会い彼女の経歴などを聞く。タサネー・ブーンサム校長先生は、1998年にレックチャイヤの所でマッサージを習い、その後伝統病院で勉強し、衛生省の300時間コースなどを学んだ後、2年前に開業をしたそうだ。ここの特徴は、生徒一人に先生が一人着き学べることだろう。しかしテクニックは伝統病院と全く同じである。私の新しいタイマッサージの本に、ここロイクロも学校案内の中にのせる予定である。インタビューがかなり長くなってしまったが、その間幸代と坂口純子さんは、ナイトバザールをまわっていたようだ。明日は朝早い便で、帰国だが、これで今回予定していたことを全てこなした。ハードなスケジュールだったが、とても充実した内容の旅だった。

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タイ旅行記 2003.11. その8

11月21日(金)
今日は少し遅めで待ち合わせをした。朝9時にロビーで待ち合わせたが、坂口さんが下りてこない。部屋に電話をすると「疲れて起きられない」といっていた。今日は、1日ゆっくりしていたらいいだろう。朝食を済ませ、約束の10時半に、チェンマイ大学内のタイマッサージスクール・オブ・チェンマイに着く。マネージャーのジャンが待っていてくれた。今回は校長のカンチャヌー・チャンタブリー先生に私たちの協会の薬草トリートメントアドバイザーになってもらう話で時間を割いてもらった。話は順調に進み、彼女は「光栄です」といい快く引き受けてくれた。そして、頼んでおいたマトゥーン茶を受け取った。なんと5キロ分購入しておいてくれて、この量だと新しいカバンを一つ買わなければならない大きさだ。ここで、500時間のタイマッサージプログラムを終えたジャパンセンターの江尻さんという方と会った。彼は来年、「東京の2カ所でタイマッサージの学校を開校する」といっていた。たった3ヶ月の講習を受けただけで、そんなに簡単に学校を開いてしまって大丈夫かどうか心配してしまった。その後、空港近くのデパートに行き、英語とタイ語が変換できる電子辞書を購入する。買ったまでは良かったが、その後レシートを発行してくれるまで、30分以上待たされた。やはりタイである。レジスターが壊れたのだそうだ。一旦ホテルに戻り、少し休む。その後予約をしていたレストラン「ギャラリー」へ行く。坂口さんも体調が回復し、食欲もありそうだ。ピン河のほとりにあるこのレストランは、名前の通り入り口にインテリアなどがギャラリーのように展示してあり、ヒラリー夫人が来たことでも有名である。ここのデザートのココナッツアイスクリームは絶品であるため、いつも一回は来てしまう。坂口さんも満足されたようだ。今晩もナイトバザールを見て歩く。マトゥーン茶を持って帰るためのカバンを探しまわる。丁度よい大きさのカバンを見つけて値段を聞くが、1500バーツだという。かなりの予算オーバーだがキャスターも付いていて持ち運びやすそうだったので、値段を交渉する。これがいつも結構楽しい。何回かの交渉後、600バーツで折り合いを付けようとするが、相手もなかなか了承しない。しかたなくあきらめて歩き出すと、その値段でもいいという。結局1500バーツの気に入ったカバンを600バーツでゲットした。その値切り方を横で見ていた坂口さんは、少し驚いていた。この日は、珍しくマッサージを受けないで帰る。

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タイ旅行記 2003.11. その7

11月20日(木)
朝7時にバンガローで朝食を取り、スコータイ空港へ。10時半にチェンマイ空港に着くが、友人のビシャンが迎えに来ていない。電話をすると今ナイトバザールにいるという。しかたなくタクシー2台でモントリーホテルに行く。しかし私の乗ったタクシーのバッテリーがあがってしまっていてエンジンがかからない。回りの仲間を集め何回か車を押した後、やっとエンジンがかかる。いきなり空港でエンジンのかからない車に出くわしたのは初めてだ。やはりここはタイなのだ。途中そのタクシーは進入禁止の所に入り、取り締まっていた警官に捕まってしまう。あわてたタクシーの運転手は、何回も頼み込み罰金を払わずに許してもらう。そんなこんなでホテルに着くと、先に着いた幸代と坂口さんがずっと待っていた。チェックインをし、いつもの部屋に着くとホッとする。ロビーに下りていくと、友人のビシャンが来ていた。空港に電話をし、乗客リストを調べてもらったが、乗っていなかったので空港に迎えに来なかったそうだ。しかし、調べた飛行機が間違っていたのだった。早速レンタカーを借りて、ドイステープに行く。天気がとても良くチェンマイが一望できた。帰りにチェンマイ伝統病院に行き、校長先生とお話をする。そして、そこのマッサージを受ける。久しぶりの病院のマッサージはうまかった。足底から始まり、ラインのTPからPPへ、腕の治療、顔、頭、お腹、とかなり忠実に順番を守っていた。ここでは特に症状はいわなかったが、場合によってはいわなくても悪いところをしっかりやってくれる先生方もいるようだ。4時に全員でオンナモを唱えた。夕方、5時半にソンバット先生と待ち合わせ、チェンマイ大学の近くの雰囲気の良いレストランに行き、帰りにチェンマイ大学の文化祭でクラビー・クラボーンを見せてもらう。クラビー・クラボーンはタイの伝統武術である。木刀のような棒2本対、水牛の皮で作った楯で攻防を繰り返すかなり高度な武術である。そこから一旦ホテルに戻り、ナイトバザールへ行った。知り合いの女の子に幸代が使わなくなった写真機能付き携帯電話をあげたらとても喜んでいた。ナイトバザールを一巡し、レッツリラックスでフットマッサージを45分受ける。ここの椅子は座り心地がとても良く、寝ただけで半覚半眠の状態となる。そのままホテルに帰り、すぐに寝る。

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タイ旅行記 2003.11. その6

11月19日(水)
朝5時半に起き、バンコクエアーウエイズで50分かけてスコータイへ。スコータイ空港には、ホテルの人が迎えに来てくれていた。市内までは車で30キロ。20分ほどでバンガローに着く。ここのバンガローは目の前に小さな池があり、そこにカワセミがいたのだ。じっと見ていると池に飛び込んで魚を捕っていた。生のカワセミを見たのは初めてだった。バンガローは「ロータス・ヴィレッジ」という。名前の通り。池には蓮の花が咲いていて、とてもきれいだった。準備をして、そのまま13キロ郊外のスコータイ遺跡へ行く。ここも世界遺産に指定されていて、非常に整備が行き届いた公園である。ここは、クメール王朝の衰退をきっかけにタイ族による初の統一王朝が成立した所である。とにかく日陰が少ないことで有名な公園で、炎天下での水分補給は欠かせない。10時頃から3時頃まで、遺跡を巡ったが、クメール様式とスコータイ様式の仏塔が混在し、歴史の移り変わりをよく感じることができる。一旦バンガローに帰り、4時半まで昼寝をする。暑さと良く歩いたせいで少し疲れたようだ。夕方、近くの露天市場をぶらぶらし、売っている果物や野菜を見て回る。そして、マッサージを受けようと思い、探しに行くが全く見つからない。タイに来てこんなにマッサージ屋さんを探したのは初めてだ。地元の人何人に聞いても、遺跡近くのオールドシティーに行かないとないという。40分ほど歩いただろうか、最後にトックトックの運転手に聞いたところ、友人でやっているところがあるので連れいってあげるという。半信半疑ながらトゥクトゥクに3人で揺られて10分ほど郊外に行くと、普通の家のような所に着いた。本当にここがそうなのかと不安ながら中に入ると、マッサージ用ベットが置いてあった。そしてしばらく待つと私と同じ年齢の女性がやってきた。ワットポーで勉強し、その他の所でも勉強して、仕事を始めて2年になるという。全然期待をしていなかったが、なかなかいいテクニックを持っている。タイ語で冗談を言いながらマッサージを受けていると、今まで受けたことのないテクニックがいくつも出てきた。これは覚えなくてはとしっかり脳裏に焼き付ける。こんなところで新しい技に出会うとは思ってもいなかった。2時間で160バーツを支払うと、頼んでおいたトゥクトゥクがやってきた。それに乗って、バンガローの人が進めてくれたレストランに行く。久しぶりにスパゲッティーを食べた。ガイドブックに書いてあったバンガローでのカエルの合唱はなかったが、その代わり虫の声が子守歌となり、ゆっくりと休めた。

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