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プルメリア日和

東京・目黒にある日本タイマッサージ協会、日本ルースィーダットン協会、癒しタイの情報の他、旅行記、現地からのタイ情報、スクール卒業生の感想や活動などをご紹介しています。

タイ旅行記 2003.11. その3

11月16日(日)
朝6時半に、ホテルで朝食をとる。目玉焼きに味のないソーセージが付き、トーストとコーヒーで200バーツ(600円)。これは値段が高くひどいと思い、明日からの朝食を辞退する。その後世界的に有名なオリエンタルホテルの脇を通り、10分ほど歩いて船着き場に着く。ボートでチャオプラヤ河を20分ほど上り、ワットポーへと向かう。学校の受付に着くと日本人女性4人がマッサージ受講の受付を待っていた。その内の一人が私に話しかけてきた。彼女は今年の「武術と健康法の祭典」に来てくれて、タイマッサージやルーシーダットンを体験してくれたそうだ。こんな遠くで、私を知ってくれている人に偶然出会うことに驚いた。幸代と今回一緒に行った坂口純子さん(旧姓岡本純子)に「もうバンコクでは悪いことはできないね」といわれる。まずは3階の教室に行き、先生方にご挨拶をする。そして、フシギ発見のテレビに映っていたことをお知らせする。前回来たときに、ここの先生方は、以前私が煩った顔面神経麻痺をみんな心配してくれて、無料で施術をしてくれた。皆さん暖かい心の持ち主である。驚いたことに授業始めに行う「オンナモ」が変わっていた。もともとワットポーでは、「オンナモ」はしていなかった。何年か前、私が「どうしてここではオンナモを唱えないのですか」と校長先生に聞いたところ、「ここでは新しい技術や理論を取り入れて教えているから」という答えだった。しかし、次に行ったときには「オンナモ」がしっかり授業の始まる前に唱えられていた。それも抑揚がなく味気のない「オンナモ」だった。そして、コマラパ先生の写真が南側壁面に飾られていて、その写真をバックにまず先生方が一列になり、その先生方に対して生徒たちが相対し、先生方の発声に続いて生徒たちが「オンナモ」を唱えていた。しかもとてもいい抑揚のある「オンナモ」であった。何か少しほっとした。特に「オンナモ」を唱えることにこだわりはないが、ワットポーでの「オンナモ」がただの棒読みの「オンナモ」であってほしくなかったからだ。その後少し瞑想をしてから授業が始まった。坂口さんをフットマッサージの授業が行われる別の建物に連れて行き、私たちはワットポーの写真を撮りにお寺に行く。そこで始めて、タイの占星術をしてもらう。ワットポーはご存じのように、タイで最初に大学ができた所で、以前は占星術も教えられていたからだ。占いコーナーは、中国の流れをくむ手相占いとインドの流れをくむ生年月日占いがあり、今回は生年月日占いをしてもらった。生まれた日時、時間を聞かれたが、生まれた時間を知らない私はそこから携帯で東京の母に電話をして、生まれた大体の時間を聞いた。占いによると、41歳から51歳までは浮き沈みが激しい時期で、52歳以降徐々に安定するということだった。私は、占いは全く信じない性格だが、良いことをいわれるとうれしいものである。その後、仏教徒の多いタイでは珍しい、インドラ神(バラモン教の神)の為にラーマ1世が建立したワット・スタットに行った。その寺院の裏庭でコマラパ先生の彫像があったことに驚いた。この寺院の正面入り口前には、大ブランコがあり、以前はこのブランコに乗ってブラフマー神とシヴァ神の逸話に基づくバラモン教の儀式が行われていたが、死者が多く出て今は中止されたという。昼に坂口さんを迎えに行き、船着き場付近で昼食をとる。昼食後、坂口さんはスクールに戻り、私と幸代はパフラット市場にあるインド人街に行く。すごい、ここはミニチュア・インドだ。女性はみんなサリーを着ていて、男性は髭を伸ばしている。通りの両側は、ヒンドゥー教の神々のポスターで溢れ、インドの音楽が聞こえ、インドのお香の香りが漂う。その後、ラーマ1世とラーマ3世像が建てられている公園を訪れ、一旦ホテルに戻る。夕方、坂口さんと待ち合わせ、MKCに行き協会スタッフ用の名刺を作りに行く。昨日手直しした協会のエンブレムがやっとここで使われた。デザインをそこで考え11人分を注文する。坂口さんは、自分でうれしそうに新しい名前の入った名刺を作っていた。その後、お客さんの90%が日本人の「有馬温泉」にマッサージを受けに行く。ここでの施術はもちろんタイマッサージだが日本人用にアレンジされていて、肩・首・背中へのマッサージの比率が多く、技術も当たりはずれが少ない。1時間半のマッサージを終え、皆でパッポン通りをぶらついた。相変わらずにぎやかである。そのまま帰って就寝。
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