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プルメリア日和

東京・目黒にある日本タイマッサージ協会、日本ルースィーダットン協会、癒しタイの情報の他、旅行記、現地からのタイ情報、スクール卒業生の感想や活動などをご紹介しています。

チェンマイ山ごもり日記【5】

99-9-26 日曜日 AM8:00 山の中

昨日は、あのあとせんべいを少し食べて夕食にしてしまった。しばらくテントの中で休んでいると夜だというのにまわりがかなり明るいではないか。外に出てみると雲の間から満月が顔をだしている。そしてその光はまわりの雲をとうしてジャングル全体に降り注いでいる。ものすごくきれいな光景だった。おもわず写真を撮り、その後,月に向かって呼吸法を行った。太陽のときとはちがいとても澄み切った感じがした。その後久しぶりによく寝れた。明け方雨が激しく振り出しその音で5時ごろ目が覚めた。テントのうえのシートに雨が当たるため、かなり大きな音だった。突然稲光があり10秒ぐらいしてからごろごろと音が遠くでなっている。しばらくしてから太陽が出てきたので朝の呼吸法を行う。ここからの呼吸法はとても気持ちが良い。本当は今日帰るかもう一晩泊まるか悩んだ。いままでは自分のために山ごもりをしてきたが、これからは自分以外の人のために滝に打たれようと思った。雨が降ったせいか滝の水の量が多くいつもより冷たい。   
テントを張ったところからの夜景

チェンマイの町と満月が美しい

今日は天山派八極拳を2回やってみた。この拳法は気合が入るし体が暖まってとてもいい。そして滝に打たれ自分のまわりにいる人たちのことをよく考えていた。家族のこと、治療院のスタッフのこと、患者様たちのこと、体流法のメンバー、そして勉強会のメンバー、Jクラブのメンバー、両親や妹のこと、千乃先生のこと、そして台湾の謝先生のこと、そう思っているうちにどんどんと人数がふえて広がり、突然地球全体のため宇宙全体のためにいいことをしよう、地球全体のため宇宙全体のためにいいことをしよう、と何十回となく大声で叫びだしていた。滝に打たれながら、これがこれからの私の役目なのかなあと思っていた。ここチェンマイのジャングルには、本当にさまざまな生き物が生活している。アリだけでも何十種類いるだろうし、名前の知らない昆虫は数知れず、蝶やトンボやセミやヒル、はてはゴキブリまでが生きていて調和を保ちながら生活をしている。皆不平不満を言うわけでもなくただ黙って与えられた命をまっとうしているようだ。本当に皆、自然体なのだ。私たち人間も少しは森の生き物を見習い、私利私欲のために生きるのではなく、自然と調和して生きることをしていかないと本当に地球はあと何百年もしないうち滅んでしまうと思う。そのために地球を脱出して、火星に移住する計画を立てている人たちがいるが、人間そのものが変わらなければどこ行っても同じような気がする。いやこの地球こそが私たち人類に与えられた最後のすみかなのかもしれない。少なくともそう思って環境や回りの生き物を大切にしながら生きていかないとならないのだろうなぁ。本当にここでは足を一歩踏み出すにも気をつかう。いろんな生き物が平気で自分の家の中にいる様に安心して歩いているからだ。そんな生き物たちの家の中を土足で歩いている私は森の生き物にとってはおじゃま虫かもしれない。これで私も虫の仲間になれたかな?
いつもの滝行


99-9-26 日曜日 AM11:30 まだ山の中

今やっとテントを片付けた。片付けは設営よりも時間がかかった。雨で汚れたテントを川の水で洗いながらたたまなくてはならなかったからだ。しかし日本の製品は本当に品質がよいと思う。今回私はダンロップのテントを使用したが、夜中あんなにひどい雨が降っても全く水漏れはしなかった。通気性はあるし、水で洗って、何回か振るだけで水気は飛んでいってしまう。以前南米旅行中に使った現地のテントは雨漏りがひどく寝袋まで濡れる始末だった。日本人は本当に良いものをつくると思う。あれだけ信頼性の高いものを作るから、世界各国で日本の製品はよく買われて、ここまで発展できたのだと思う。私たち日本人はもっと自分たちに自信や誇りを持ってもよいと思う。やれ従軍慰安婦だ、やれ南京大虐殺だと中国は戦後50年以上もたってから言いがかりをつけてきているが、確固たる証拠は存在していない。   
これからテントをかたずける
先日、当時南京にいた人にインタビューをすることができた。彼が言うには慰安婦を護衛、輸送するのに軍隊は便宜は図ったが、軍直属の慰安婦は存在しなかったと言っていた。また南京では、便衣兵(民間の衣をまとった中国軍人)も含め、多く見積もっても一万人~二万人くらいの人が殺されたのかもしれないが、三十万人、四十万人という数字はありえないと言っていた。大体当時それだけの人が住める場所はなかったようだ。よその国に何と言われようと日本はかつて今まで1度も、どこからも侵略されたことのない数少ない独立国である。また、神道をはじめとして現代の武道の中にも日本古来の精神が息づいている。それは、自然を大切にし、敬い、おのれを知り、切磋琢磨し、まわりと調和していく心のように思われる。そして、それは他の国の人々が見習うべき点でもあると思う。日本の文化を学ぶために、多くの外国人が来ているのはとても良いことだと思う。この精神を大切にし、次の世代に受け継いでいかなければ本当に日本はだめになっていってしまうと思う。日本の回りには中国共産党や、世界に偽札や麻薬をばらまいて外貨を稼ぎ、ミサイルを作って国の利益にしようとしている北朝鮮が存在する。そろそろ私たち日本人もいいかげんなお人好し精神をやめて、中国や北朝鮮等の行動に注意を払いつつ、自分たちに誇りと勇気をもって世界と対等につきあっていってもよいのではないだろうか。


★太極治療院では、不定期ではありますが、古い日本の歴史、私たち日本人はいったいどこから来たのか、そしてその日本人の心の基礎になっているものは何なのか、などについて勉強会を開いています。また、武術や健康法に興味のある方は、日曜日、品川総合体育館で行っている体流法武術教室(PM5:30~PM8:30)の方へお越しください。日本の武道(合気道、古流拳法、居合道、手裏剣術、棒術)、中国の武術(太極拳、八卦掌、天山派拳法、長拳、武器術)、そして様々な健康法、整体法を練習しています。


99-9-26 日曜日 PM4:00 モントリーホテルJJレストラン

大変なことになってしまった。滝からの帰り道、岩がとても滑りやすいので注意をしながら歩いていた。疲れたから、ちょっと一休みをしてまた下りようかと思ったが、もうすぐ駐車場だと思い、重い荷物を背負ったまま下ろうとしたら、ツルッと見事に足をとられ仰向けに倒れ、そのままわきの川まで滑っていき、10メートルくらいを流されながら先を見たが止まれそうなところはなく、先がないと思った瞬間、2メートルくらい下へ落ち岩で体を打ってしまった。手に持っていた荷物も放してしまい、それが流されていくのが見えたがもう遅かった。幸い貴重品や、テント、本類は背中に背負っていたので流されなかったが、痛いと思い左ひじを見たら皮膚がパックリ裂けていた。持っていた水で急いで傷口を洗い、靴下で縛って止血をした。もとの道へ戻るところを探し、荷物だけをまずそこへ運ぶ。そして荷物を背負い山道へと戻った。車にたどり着いて荷物を置き、離してしまった荷物を探しに行こうかと思ったが、もうきっとかなり流されてしまっているだろうと思いあきらめた。 
ビシャンは病院の前で待っていてくれた
離した荷物の中には食糧の残りや3日間のゴミがすべて入っていた。ゴミはすべて持ち帰ろうと思っていたのに川へ流してしまうなんて何と情けないことだ。車を出そうと思ったが、案の定アリの列がタイヤのすぐ後ろを通っていてこのままバックをしたら何匹か引き殺してしまうと思った。近くで大きめの石を探してその石をアリの列のすぐわきに置いて、アリを踏まないように車を出した。帰り道はもう事故はごめんだと思い、ゆっくりホテルまで車を運転する。チェックインをまた済ませ、ぬれた荷物を全部開いて、乾かせるものは乾かし、着替えを済ませてからホテルのフロントで良い病院をおそわる。ホテルを出るとビシャンがいてくれて一緒に病院まで行ってくれた。あとで聞いたら、私が山にいる間、毎日私の無事を祈ってくれていたそうだ。彼は優しいひとだなあ。病院の救急室へ行き、傷口の消毒をされる。血圧を計ってくれたのでいくつかと聞く120と80で正常だといわれた。これも山の中で摂生をし、毎日呼吸法をしていたせいだろうか。不思議なことに全くパニックにはならなかった。手術台の上に横になりながらゆっくりと呼吸法をしていた。20分ほどで手術は終わり、全部で7針縫ったそうだ。とてもじょうずな先生でよくお礼を言ってビシャンとホテルへ戻った。本当にビシャンがいると心強い。お礼のお金を渡そうとするといつも世話になっているからいらないと言う。本当に彼はいいヤツなのだなあ、と思った。レストランで今日はじめての食事をする。レモンジュースと焼きめしをたのんだ。ひさしぶりのちゃんとした食事に感激する。左の膝と肩と胸も打ったらしく歩く時に痛みがある。よく考えてみると私は本当にケガをすることが多い。鎖骨骨折、左ひざ靭帯断列、そして合気道では手首、肘、肩、首、背中、腰、膝を一通り壊した。しかしそのおかげで今の仕事ができるのかもしれない。でも取り返しのつかないことだけは避けなくてはいけないなと思った。今日の滝でのことも、あのままもし止まらなくてもう少し流されてしまっていたら、その下の30メートルぐらい落差がある滝から落ちていただろう。そこから落ちていたら今頃はもうとっくに死んでいる、と思った。なんて私は幸運だったのだろうか。
 
まるまる3日間山にこもり、私にできることは精一杯やったつもりでいたが、最後にこんなことが待っているとは、本当に゛人生は一寸先は闇゛だと思った。こんなことが起こると、山にこもったことがいけないことのように思われもしたが、きっと単に私が不注意だっただけなのだろう。日本に帰ってすぐに仕事ができないかもしれないし、練習ができないのが残念だ。そしてみんなに対し迷惑をかけるだろうなと思った。失ってみてはじめてわかる健康のありがたみですねぇ。

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