プルメリア日和

東京・目黒にある日本タイマッサージ協会、日本ルースィーダットン協会、癒しタイの情報の他、旅行記、現地からのタイ情報、スクール卒業生の感想や活動などをご紹介しています。

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そそくさと…2008年タイ旅行記 第5弾!!

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これだけはbikkuri01どうしてもお伝えしておかねば・・・という旅の思い出がありますので、みなさま、もう少しだけおつきあい下さい まつもとです


この2枚のお写真、見て頂ければおわかりかと思いますが、これ、ゾウに乗っているんだゾウパオーム     ヒドイ
で、どうしてもお伝えしたかったこととは、私と同行者のさすらいのタイマッサージ者ことYさんをのせてくれたゾウパオームくん(女の子だったらごめんなさい)はとんでもない奴でして、我ら日本タイマッサージ協会一行は、4頭のゾパオームウさんでトレッキングを楽しむことになり、私たちは最後尾のパオームくんだったのです。

最後に出発した私たちでしたが、他の人達には日傘を渡していたのがなぜか渡されず、座れといわれたゾウ上の座席はびしょ濡れ…最初から他の人々よりも出遅れていたことにこのときはまだ、気付かないウブなボクタチ・・・

最初の難関。
必ずパオームさんたちがオケツをかいぃ~の~をしていく岩壁があって、みんなそこでオケツすりすり擦り付けてから行くんですが、私たちをのせたパオームくんはゴリンゴリン掻いたと思ったら、反転してコースを逆走し始めようとして、ゾウ使いの兄さんに止められておりましたが、私たちは、「あら面白いゾウさんだこと」くらいにしか感じておりませんでした・・・・・これから起こる恐怖も知らずに・・・・・・

少し行くとくねくね山道になり、そこで私たちは前にいたグループの人達に日傘を貸してもらい、良い感じに日よけが出来るようになりまひたそれこそ上機嫌なあたしたち

次に待ちかまえるは、道の両脇に生い茂る背の高い草木・・・。ちょっと静かすぎてむしろ怖。
なのに、パオームくんは、進むどころか「バナナをくれないと、進まないゾウ」(  …2回目 )と言わんばかりのゴネっぷりで、あれよあれよという間に、前には人っ子一人いなくなり、後ろにも当然誰もおらず。あまりの進まなさ加減にゾウ使いの兄さん、ゾウから降りてどこかへ行ってしまったのです・・・涙

ゾウと共に山の中に残された私たちの運命やいかにエエェッ!?!?

おろおろしてること数分、さっきの兄さん戻ってまいりました。ほっとしたのもつかの間、嫌がるゾウを無理矢理歩かせようとするもんだから、ゾウが何度も何度もウイリーを繰り返しまして、軽く遊園地のアトラクション体験。
そんな中、何を思ったゾウの兄さん。「ゾウの頭に直接のる?」ですって
確実に落馬ならぬ落象ですよ。
丁重にお断りをしている内に、ゾウパオームさんたちの休憩所のような大きな水樽(ゾウ1頭分は入るであろう大きさ)が何個もあるところにつき、先に行っていたみんなもそこにいたので、さあ一安心・・・と思っていた私たちがウブだったbikkuri01
さっきまで、歩くのをあんなにごねていた彼だったのに、先についていた他のどのゾウも近づいていなかった大きな水樽めがけて突進するかと思うくらいのイキオイで行ったかと思うと、い  き  な  りbikkuri01
水樽の中のにごり水を鼻で吸い上げ私たち(自分の頭?)に向かってびしゃあ~っっ
持っていた傘で必死に防御するも、傘に穴があいていることも手伝って、みるみるうちに水もしたたる素敵なガールズに・・・
激しい攻防戦を繰り広げていると、横から日本タイマッサージ協会一行のうちの1頭が私たち、bishonureガールズにまたもやびしゃあ~っ あれよあれよのzubunureガールズに・・・

耳やら鼻やらそこかしこに水が入り込んだ後、やっとこさ再出発。
一番最後に出発したはずの私たちでしたが、見事なショートカット、華麗なスパートによりぶっちぎりの一位ゴールを果たした彼に対し、「ゴネパオーム」の称号を授け、その伝説をここに記すのであった・・・

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タイ旅行記 2002.11. その6

11月 8日(金)

7時半に朝食。8時半ちょっと前にチェックアウトして、8時半にスクールに行く3人とそこでお別れ。先生と私はタクシーで国際線空港へ行き、そこで荷物を預けてから、国内線空港へと移動。10時50分の飛行機で、タイの南部の町ハジャイへと行った。そこからタクシーで海沿いの町ソンクラーを目指した。この町にあるワット・マチマワートと言うお寺に、ルーシーダットンの壁画があると聞いて、それを見るために、そして何故そこにその壁画があるのか、僧侶にお話を聞けたら…と思ってここまで来たのだ。このお寺に、ソンバット先生の親友である高校の先生が通訳をするために来て下さったのだ。ここで壁画をゆっくりと見て、僧侶の方にもお話を聞けて、お寺を後にした。

その後、ここのシンボルである人魚像を海岸まで見に行き、その先生が空港まで送ってくれた。フライトがちょっと遅れたが、大雨の中飛行機は無事バンコクへ。
バンコクに着いてから国際線空港に移動。チェックインした後、買い物したり食事をして、夜行便でバンコクを発った。今回は6日間で3カ所をまわった慌ただしい旅だったが、川辺さん、中村さん、増田さんたちと一緒にいる楽しさに救われ、短いながらもタイを満喫できた旅だった。そして、チェンマイ伝統病院の校長先生やワットポーの校長先生とも実りあるお話ができ、とても中身の濃い旅行となった。

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タイ旅行記 2002.11. その4

11月 6日(水)

今日は7時半に朝食。そして9時に、タイマッサージスクール(TMC)へとルーシーダットン(タイ式ストレッチング)を習いに行く。4日に、フットマッサージをして貰った所だ。
彼女たちは、タイマッサージをする前に毎朝、このルーシーダットンをやっているそうだ。全部で15の動作を、呼吸に合わせてゆっくりとやっていくのだ。ちょっと苦しい動作もありましたが、体が伸ばされて気持ちが良かった。この日は午後早い飛行機でバンコクへ行く予定だったので、11時半には終了。彼女たちが作ってくれた昼食は玄米と菜食が中心でとてもおいしく、ありがたく頂いて、最後に先生方と記念撮影をして、お別れをする。
13時10分過ぎに、ヴィシャーンに送ってもらってチェンマイ空港へ。今回、ひどい風邪をひいていた彼だけれど、少し体調も復活してきていた様だ。
また来るね…と言って彼と別れ、私たちは一路バンコクへ。
バンコクはチェンマイに比べてやっぱり暑かった。
ホテルにチェックインして、まずは増田さん達が明日から通う、ワット・ポーのタイマッサージスクール申し込みに行く事になった。先生と増田さんがトゥクトゥク(40バーツ)で、中村さんと川辺さんと私はタクシー(37バーツ)でスクールへ向かった。手続きを終え、明日から彼女たちを教えてくれる先生ともお会いでき、その後はワット・ポーを見学してから、バンコクの中心地方面・サイアムスクエアにタクシーで行った。あちらはタクシーに5人乗っても(ドライバー含め6人…っていうことです)問題なし。

最初に夕食。最近、バンコクに来た時には必ず1回は食べに来るタイスキ屋さんへ直行!タイスキ…といっても、実際はしゃぶしゃぶに近い。野菜やお肉、フィッシュボールなどをお湯に入れて、煮えたらたれに付けて食べるのだ。ピリ辛のたれが、やみつきになる。

食事の後は、BTS(タイのスカイトレイン)に乗って有名なタニヤ通りの近くへ行き
(タニヤ通りは、日本のビジネスマンが多く訪れるため、日本語の看板が多い)、「有馬温泉」というタイマッサージ屋で1時間タイマッサージを受ける。ここは名前からも解ると思うが、お客さんの90パーセントが日本人である。なかなか激しいタイマッサージだった。先生がやって貰った人はとても上手だったらしい。まぁ、当たり外れはあるかな…。

その後、スターバックスでちょっと休憩して、タクシーでホテルに帰った。
私の部屋で、ちょっと色々とお話ししてから解散。さて、シャワーでも浴びて…なんて
考えていたらノックの音。誰かと思ったら、増田さんが「先生、ちょっと来て…。」とただならぬ雰囲気。どうしたのかと思って、彼女の部屋に行ったら、部屋の鍵が見あたらないと言う。このホテルは、鍵を部屋の中の決められた場所に置く事によって、部屋の中の電気が使える状態になるシステムを取っている。彼女がお風呂にお湯をためようと、お風呂の栓をした瞬間、部屋中の電気が消えたのだそうだ。彼女は間違いなく、鍵を取り付けたらしいのだが、暗がりの中、手探りで探したら、鍵が無くなっていたと言うのだ。彼女は完全に怖がっていて、何とか原因を解明しなくては…と、ベランダ(この部屋には、小さなテラスが付いていて、出られる様になっていた)に出るための扉まで行った時、鏡台の前に鍵が置いてあるのを発見。しかも、彼女のウエストバックとベストと一緒に置いてある。私が思うに、一度鍵を取り付けて、部屋の中の電気を付けた後、無意識に外して、荷物と一緒に鍵を置いたのではないかと…。もう、大爆笑だったが、彼女は怖くて、結局その日はお風呂に入らず、翌日の朝シャワーを浴びたらしい。

11月 7日(木)

朝7時半に、ホテル内のレストランにて朝食。
8時半に、スクールに行く増田さん・中村さん・川辺さんを見送ってから、私たちはタクシーでワット・ポーへと行った。小1時間、先生はそこでワット・ポータイマッサージスクールの校長先生への質問をまとめ、その横で私は観光客の人間ウォッチング。まだ9時前だというのに、観光客が来る来る…。日本人から欧米人、中国系の人達やタイの人まで、色々である。殆どがツアーコンダクターと共に来て、そこでワット・ポーに関する説明を聞き、あるグループは涅槃仏(あの有名な…)を見ていき、またあるグループは見ないで次のお寺に移動して行った。でも、このお寺に来て、涅槃仏(リクライニングブッダ)を見ないで帰るのってどうよ…と思ってしまった。もったいなさ過ぎ。

それからスクールに行き、校長先生とお会いして、色々とお話を伺った。インタビューはおよそ1時間半くらい。校長先生にお礼を言ってお別れし、3人に会うために上に上がった。驚いた事に、エアコン完備の部屋に変わっていた。私たちの頃は、自然の風が気持ちよかったのに…。どこもかしこもエアコン完備になってしまうのって、ちょっと残念。
しかも、ここに3人の姿がない。受付で聞いたら、昔の事務所がスクールになったらしく、そちらで勉強しているとの事。すぐにそちらに行ってみた。彼女たちを捜して居るうちに、3階で勉強している植松さん(第2期卒業生)と会ってビックリ!!偶然彼も、こちらに勉強に来ていたのだった。彼女たちは2階で勉強していた。植松さんも、彼女たちが来た事で嬉しかったみたいだ。ターティアンの船着き場まで、みんなでお昼ご飯を食べに行った。楽しかった!

その後、一旦ホテルに戻り、荷物を置いてから、病院内でやっているタイマッサージを受けに行った。(要予約)タイマッサージと、薬草タップのセットでお願いして、薬草タップも受けてみた。蒸した薬草パックで体中をタップして貰うのだが、部屋内部の冷房が強くて、タップされた所がかえって冷えてしまい、あまり気持ちが様とは思えなかった。

ホテルに戻って6時に私の部屋にみんなが集合。彼女たちは今日だけでもう、うつ伏せまで進んだらしい。これはかなり早いペースだ。明日の午前中には最後までいって、あとの3日半はひたすら練習になるらしい。
それからリバーサイドのレストランまで行って夕食。5人で食べる最後の夕食だ。オープンテラスの席で、美味しく食事をして、その後カオサンロードまで行ってお買い物。
ここは、世界中のヒッピーが泊まりに来たりしている所で、お店も充実している。実は、泊まっているホテルから割と近いのだ。歩いて10分くらい…かな!?
帰りはプラプラと歩いてホテルまで戻った。

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タイ旅行記 2002.11. その3

11月 5日(火)

昨日と同じように、8時に朝食。9時半に、お友達のヴィシャーンがホテルまで迎えに来てくれて、ドィ・ステップに行く。「ドィ」とはタイ語で「山」という意味なのでドィ・ステップとは「ステップ山」と言うことだ。この山にある滝まで2台の車で向かう。私はヴィシャーンの車で向かった。目的の滝に着いて、これからが今日のメインイベント!滝行をするのだ!

先生はチェンマイに来るたびにこの滝を訪れ、滝に打たれたり、瞑想したりして過ごすのだ。私も何度かしたことがあるのだが、滝に打たれた後は、視界がクリアーになり、頭が軽く感じて生き返ったような気分になれる。今回は、久々の滝行になる。まずはみんなで体操をして、さらには手のひらで体中を叩いて気合いを入れる。最初、先生が見本を見せた後、私が挑戦。とにかく久々の滝行。タイと言えど乾期の時期は気温が低いため、水の温度もまた低い。更にここ数日の大雨のせいで、水量がまた半端ではなく、滝壺の周囲はいつも以上に風が強い。滝にあたった最初、呼吸が上手くできなくて、軽い過換気状態に陥る。息をうまく吐ききれないまま、吸う方が多くなってしまうのだ。自分では全くコントロール出来ない。一度滝から外れ、後ろを向いて呼吸法を行い、呼吸を整える。十分に吐ききることが出来る様になってから、もう一度滝にあたる。今度は上手く呼吸が出来た。最初冷たく感じる水も、徐々に温かく感じ、それとともにこの山の自然に溶け込んでいく様な錯覚を覚える。自分の存在が、この山の中で…この自然の中で受け入れられた気がする。どれくらいの時間あたっていただろう。終わったときには、生まれ変わったかのように視界が明るく、物の輪郭がはっきりしていて、清々しかった。

次に増田さん、川辺さん、そして中村さんが挑戦。3人ともに長くあたっていた。川辺さんは、私と同じく途中で呼吸が苦しくなったらしいが、呼吸を整え、再度挑戦していた。中村さんが滝にあたっていたとき、タイ警察の人達が何人か来ていて、その中の一番偉そうな人が、時計を指さしながら、私たちに何かを言っていたけれど、何を言っているのかは解らなかった。時間が長いと言っているのか、それとも何分くらいやっているのかと聞いているのか…。中村さんが終わった後、もう一度先生が滝にあたって、先生はここに残り、私たちは、山の中腹にあるワット・プラタート(ワットとは、お寺の意味)に観光に行く。

ワット・プラタートの駐車場周囲のレストランで昼食。滝にあたって寒かったので、ここでお昼を食べ、コーヒー飲んで生き返る。すっごく可愛いダルメシアンの子犬がいた。
昼食の後、ケーブルカーでお寺へ向かう。このお寺は、金で彩られた仏塔がある。今日のように天気が良く、太陽が出ている日には、仏塔がまぶしい。境内を、色々と説明しながら見て回り、バナナ入りワッフルを買い食いしたり、おみやげ物屋で買い物した。バナナ入りワッフルの他には、焼きバナナと焼き芋を買ったけど、焼きバナナは評判が今ひとつだった。味はまさにプルーン。ちょっと意外な味だった。焼き芋は美味しかった。

お寺を出て、急いでスクールに行く。昨日はお休みだったハーバル(薬草)サウナに入るためだ。3時にそこで先生と待ち合わせていたのだが、10分ほど遅れて到着。サウナではゆっくりと暖まる。スクールで布を借りて、それを身にまとって入るのだ。体が冷えていたので、この熱は心地よかった。時々水を浴びながら、ゆっくりと暖まる。30~40分くらい暖まった後、着替えて外に出て、飲み物を飲んでいるときに、スクール終了のオンナモが始まる。みんなと一緒にオンナモを唱える。増田さん・川辺さん・中村さんにとっては、初めての本場のオンナモ。そして、先生や私にとっては、久々の本場のオンナモだった。サウナの後、ヴィシャーンの知り合いのタイマッサージ屋へ行き、2時間のタイマッサージを受ける。気持ちよかった。ここのやり方は、学校とはまたちょっと違う、レックチャイヤのスタイルだったが、気持ちがいいことには変わりなかった。

この後、「ザ・ギャラリー」と言うレストランに行った。ここは、チェンマイを流れるピン川沿いにあるレストランで、かつてヒラリー夫人も訪れたというレストランだ。(ヒラリー夫人の写真も飾ってあるのだ)ここのココナッツアイスクリームがとにかく絶品なのだ!!それを楽しみに、美味しいタイ料理を堪能し、いよいよココナッツアイスクリームを注文したら、返事は「フィニッシュ」…。ショックだった…。

気を取り直して、ナイトバザールへ。
ここは、毎晩露天が出ているところで、お土産を買うにはもってこいの場所である。
毎晩ここで買い物をしていたのだが、今日もまた来てしまった。チェンマイ最後の夜だから、買い忘れた物などを買いに来たのだ。駐車場に車を止めて買い物。一通り買い物をして、先生が一旦買った物を車に置いてくる間、私たちはバーガーショップで休憩。ところが、先生が置いてくるはずの荷物を持って現れた。どうしたのかと思ったら、車が無いという。「え!?」っと耳を疑う私たち。とっさにみんな、盗まれた自分の荷物の中身を思い浮かべたり、気持ちが舞い上がる。その間に先生は、ツーリストポリスに行って説明。最終的に、止めた場所が探していたフロアーの更に1階下だった事が判明。車は無くなったわけではなかった。とにかくホッとした…。

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タイ旅行記 2002.11. その2

11月 4日(月)
朝8時にホテルのロビーで集合して、1階のカフェで朝食。その後、9時半にソンバット
先生と待ち合わせをして、昨日観たタイダンスの方々が通っていらっしゃるダンス教室の
見学…のはずが、昨夜の雨がだめ押しになったのか、ダンススクールが浸水してしまい、
練習自体が出来なくなってしまったために、見学もまた駄目になってしまった。
急遽、ソンバット先生が技術アドバイザーを務めるタイマッサージスクールが、チェンマ
イ大学アートミュージアム内に出来たとのこ
とだったので、そちらにお邪魔して、フット
マッサージをして頂きました。広々として、
綺麗な所でした。窓からは裏のバナナ畑がみ
えたりして、のどかな雰囲気が、とても良か
ったです。フットマッサージも、1時間の中
で、フット・腕・肩・首までやってもらえて、
気持ちが良かったです。ここでは、フットク
リームではなく、アロマオイルを使ってマッ
サージをやってくれました。お昼は、先生のお友達のジャンが教えてくれたヌードル屋さ
んで、クィッテオと言うお米から作られた麺を食べました。美味しかったですよ。お客さ
ん全部、タイ人でしたからね。本当に、地元の人しか知らないお店…って感じでした。
そのまま、ブンタトゥック伝統病院に行き、
先生は校長先生と今後の「日本タイマッサー
ジ協会」についてのお話をし、私を含めた4
人は、2時間のタイマッサージを受けました。
1人2時間で250バーツ。エアコンがちょ
っときつかったのですが、やっぱり町のタイ
マッサージ屋とは違って、悪い所を見つける
と、そこを良くほぐしてくれるんですよね。「こ
こが悪いよ。」って教えてくれるんです。そし
て、そこを丹念にマッサージしてくれるんです。
「あぁ、ここは慰安のためのマッサージではなくて、ちゃんと治療のためのマッサージを
してくれるんだなぁ。やっぱり、病院なんだなぁ。」と、改めて実感しました。マッサー
ジしてくれた人達は、本当にみんなフレンドリーで優しくて、暖かい気持ちの人ばかりで
した。それもまた、気持ちよさの一端を担っていました。
夕方の4時半に、ホテルのロビーまでソンバット先生が迎えに来て下さり、今度はエイズ
の子供達に会うために出かけました。彼らには、前回タイに行った折りにも会いに行き、
タイマッサージ協会の会員さん達が募金箱に寄付して下さったお金をお渡ししてきたので
す。その時に、責任者の方が「子供達は、例えばゲームボーイとか腕時計なんかを喜ぶん
ですよ。」と教えて下さったので、今回、協会員の方々が寄付して下さったお金で、そこ
の財団でみている子供達24人分の、子供用腕時計を買って(しかも、ベルトの色とか色
々工夫して、24種類全部色や形の違う時計を選んだのですよ!)、今回はそれを届けに
行ったのです。前回訪問したハウスは、ここのところの大雨で浸水し、みんなセカンドハ
ウスに居るとのことで、彼らが学校から戻る5時以降に着くように行きました。
ここには6人の男の子供達が居ました。みん
な人なつこく「サワッディ カッー」と元気
に手を合わせて挨拶をしてくれました。中に
はいると、早速子供達が、冷蔵庫で良く冷や
されたミネラルウォーターを持ってきてくれ
ました。(一所懸命人数を数えて、持ってきて
くれたんですよ)お家の中を見て回るときに
も、子供達は付いて回り、私たちに興味津々
といった感じでした。お家の中は清潔で、壁
にはボランティアの人達や、HIVに感染していながらも、発症せずに今も元気にしてい
る施設の卒業生達が描いたイラストが一面に描いてあります。「どらえもん」や「ミッキ
ーマウス」など、子供が喜ぶキャラクターなどが多かったですね。子供達が夢中になった
のは、前回と同じく、先生が持っていたデジ
タルビデオカメラ。液晶画面に自分たちが映
るのが面白いらしく、撮ってあげたくても、
画面にどんどん近付いて来てしまうので、撮
ることも出来ないくらい、彼らは夢中で見て
いました。あとは、カメラ(普通のカメラ)
にも興味を示し、ある子は、川辺さんが持っ
ていた、折り畳みの傘に興味を示していまし
た。みんな、本当に好奇心の強い子達で、可
愛かったですよ!
そしていよいよ、買っていった時計を全部広げて、好きな時計を選んで貰いました。
日本だと、赤は女の子の色、青は男の子の色…みたいなイメージが強いのですが、彼らは
全く気にせず、赤いベルトの時計を選ぶ子が多かったのに、ビックリしました。そして、
私たちにゼスチャーで「時計を僕の腕に付けて。」とみんながおねだりをしてくるのです。
なので、私たちはみんなの選んだ時計を袋からだし、一人一人腕に付けてあげました。
病気のせいなのか、彼らは痩せていて腕も細いために、ベルトの穴が足りなくて、グルグ
ル回ってしまう子も居て、所長さんに時計の穴を増やしてもらえるように先生から頼んで
貰いました。それでも嬉しそうに、ジーッと時計を眺めている彼らが、見ている私たちに
はとても愛おしく感じられました。時計のお礼に…なのか、一人の子が手品を見せてくれ
たり、私たちの膝に乗ってくる子が居たり、随分と仲良しになった頃、彼らの食事の時間
が近くなったので、私たちも帰途につきました。彼らは、自分たちで出来ることはやる、
と言う環境の元、手品をしてくれた年長の子が、炒め物を作ったりしていました。本当に、
彼らが幸せでありますように、その時間が、長く続いてくれますように、神に祈るような
想いで、子供達が見送ってくれる中、私たちは施設を出ました。

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